いちばん大事な仲直り
皆さんは誰かと喧嘩してしまったことはありますか? 友達、兄弟、あるいは両親。誰でも一度は経験があるのではないでしょうか。その喧嘩してしまった相手と仲直りはしていますか? もししていれば、それは素晴らしいことです。仲違いをしたままというのは、お互いに良い気持ちがしませんよね。良好な人間関係を保つ為にも、仲直りすることはとても大切なことです。さて、皆さんは他の誰よりも特に重要な、仲直りしなければならない相手が居るのをご存知ですか?そう言われても、きっと思い当たる節は無いのではないでしょうか。皆さんが特に仲直りしなければならない相手、その方は私たちの創り主である、「神様」です。何のことか分からない?そもそも喧嘩をした覚えが無い?それを説明するには、私達人間という生き物が誕生した頃まで遡らなければなりません。
「アダムとエバ」という名前は聞いたことがあるでしょうか。聖書には人類は生物の進化によってではなく、神によって造られたと記されております。その神によってこの地上に最初に造られた人間こそがアダムとエバなのです。神は最初の人間アダムと次のような約束を交わされました。
神である主は、人に命じて仰せられた。「あなたは、園のどの木からでも思いのまま食べてよい。しかし、善悪の知識の木からは取って食べてはならない。それを取って食べるその時、あなたは必ず死ぬ。」創世記 2章16,17節
この約束が交わされた後、狡猾な蛇がアダムの妻エバに近寄り、食べてはならないと言われた木の実を食べるように唆しました。エバはその言葉に乗ってしまい、神との約束を破って実を食べてしまいました。そして夫アダムも妻エバにつられ食べてしまったのです。これが私達人間が、神に対して最初に犯した「罪」なのです。アダムとエバが罪を犯したことにより、二人は園から追放されてしまいました。同時に、二人の体、もとい人間の体にあるものが入りました。
あなたは、顔に汗を流して糧を得、ついに、あなたは土に帰る。あなたはそこからとられたのだから。あなたはちりだから、ちりに帰らなければならない。 創世記 3章19節
ちょうどひとりの人によって罪が世界にはいり、罪によって死がはいり、こうして死が全人類に広がったのと同様に、それというのも全人類が罪を犯したからです。ローマ人への手紙 5章12節
そうです。アダム達が罪を犯したことにより、私達全人類に「罪」がはいったのです。神との約束を破り、実を食べてしまったのは他ならぬアダム達ですが、それ以降 、子孫である私達全ての人間が罪人となってしまったのです。
さて、冒頭で述べました、神様と私達人間が「仲直り」しなければならない理由をご説明いたしました。では次に、私たち人間はどうすれば神様と仲直りが出来るのでしょうか。実は、その答えはもう出ています、というより、既に用意されているのです。
神は、キリストによって、私たちをご自分と和解させ、また和解の務めを私たちに与えてくださいました。すなわち、神は、キリストにあって、この世をご自分と和解させ、違反行為の責めを人々に負わせないで、和解のことばを私たちにゆだねられたのです。 (中略) 神は、罪を知らない方を、私たちの代わりに罪とされました。それは、私たちが、この方によって、神の義となるためです。コリント人への手紙第二 5章18節〜21節
私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちにために死んでくださったことにより、神は私たちに対するご自身の愛を明らかにしておられます。(中略)も指摘であった私たちが、御子の死によって神と和解させられたのなら、和解させられた私たちが、彼の命によって救いにあずかるのは、なおさらのことです。 ローマ人への手紙 5章8〜10節
神様は私たち人間と神様が和解するために、ご自分のひとり子であるイエス・キリストを世に遣わされました。イエス・キリストは、神のひとり子であるため、人間が持つような罪はありませんでしたが、そのような御方が、人間と神様を和解させるために、ご自分の命を差し出してくださったのです。つまり、神様は罪の責めは全てひとり子イエス・キリストに負わせ、私たち人間に対しては、その和解を受け入れることばだけをゆだねられたのです。
さて、誰かと喧嘩をしてしまったとき、特に、明らかに自分に非があるとき、皆さんはどのようにして和解しようとするでしょうか。当然、自分が悪いならば自分から謝るのが人間社会のセオリーですよね。先述の通り、神様と人間の関係では、悪いのは約束を破った人間の方です。本来ならば、罪を犯した人間側が謝罪をし、和解をお願いしなければなりません。しかし神様は、悪いのは全て私たち
人間であるにも関わらず、神様の方から和解を願い、申し出てくださったのです。
こういうわけで、私たちはキリストの使節なのです。ちょうど神が私たちを通して懇願しておられるようです。私たちは、キリストに代わって、あなた方に願います。神の和解を受け入れなさい。コリント人への手紙第二 5章20節
このことからも、神様がいかに私たちを愛してくださっているかが分かると思います。もし神様が私たち人間を愛していないならば、人間が罪を犯し、園から追放した時点で、見捨ててしまうはずです。しかし神様は見捨てるどころか、ひとり子の命を差し出してまで、私たち人間と和解しようとしてくださったのです。
神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちをもつためである。神が御子を世に遣わされたのは、世をさばくためではなく、御子によって世が救われるためである。ヨハネの福音書 3章16,17節
和解するということは、互いの絆を元通りに、いやそれ以上に深めることが出来るものです。皆様もどうか主イエス・キリストを信じ、神様との和解を受け入れて、神様との絆を深めてくださいますよう、お勧めいたします。

